箱庭療法とは

イギリスの心理療法家ローエンフェルドによって、子どものための心理療法として考案された「世界技法」(砂と玩具を用いて心の中を表現する方法)を、スイスのドーラ・カルフ(1904~1990)がユング派の解釈を適用して、成人にも有効な心理療法として発展させた「砂遊び法」に由来しています。日本には、カルフと同時期にスイスのユング研究所に留学していた河合隼雄氏が、この方法は「日本人に向いている」として1965年に導入しました。

 

方法

砂の入った箱(内法が57㎝×72㎝×7㎝、内側が水色に塗られている)と種々のミニチュア玩具を用意し、「砂と玩具を使って、箱の中に好きなように何かを作ってみて下さい」という教示のもと、砂遊びをするような感覚で導入されます。


 

箱庭作品サンプル(しみず深雪のケース)

私は、箱庭療法を学ぶため、約1年かけて、月1回のペースで箱庭作品を制作しました。以下に、私の作った箱庭作品をサンプルとして紹介させて頂きます。

 

人目が気になる私?
人目が気になる私?

<作品1>
◆作品の印象

これは、ごく初期の作品です。今後の作品の「変化」を追って、比べていくとよく分かるのですが、この段階の表現は、動きがなく、平たんさが印象に残ります。

 

今回のように、後から見直してみると、なんだか、あまり変に見えないものを作ろうと、かしこまった感じで作られているようにも思えます。確かにこの頃は、始めたばかりで、一緒に箱庭作りに参加している他のメンバーや先生の目が気になって、なんだか慌てた気分で、作品作りを急いでしまった記憶があります。私の場合は、治療ではなく、学ぶために作った訳ですが、治療を目的とした場合は、このような、緊張のうかがえる環境・状況では、本来の自分を表現するに至らず、箱庭の効果は得られないそうです。

 

箱の内側は水色に塗られていて、砂をどけるとそこに「水」を表現できるようになっています。私の作った真ん中の池は、流れの滞った水たまりのよう見えます。このままにしておくと、だんだん枯渇していきそうですし、ちょっと息苦しい感じです。ボートも停泊したままで、疲れて休んでいるような感じもします。

 

みなさんは、この作品にどんな印象を抱いたでしょうか?

 

 

 

2つの世界を住み分けて?
2つの世界を住み分けて?

<作品2>
◆作品の印象

前の作品から、3か月後くらいのものです。前回の作品のときも同様なのですが、この時期、仕事面で閉塞感や拘束感を強く感じていました。このままでいいのだろうか、という自問もありましたし、そのことでプライベートの時間も、あまりのびのびできていませんでした。

 

前回は真ん中に池がありましたが、今回川によって、左右にふたつの島を作ったということが特徴の一つと言えるでしょう。ふたつの島を作ったということは、自分の中に2つの世界をもっていることを意味するようです。心理的なバランスを保つために、意識のベクトルを2つに分けようとしていたのかもしれません。この作品からも、あまり生き生きとしたものは伝わってきません。外界に意識があまり向いておらず、自分自身の世界に浸っているようにも思えます。但し、それはそれで、納得しているようにも感じられます。

 

みなさんには、この作品からどんな感じが伝わるでしょうか?

 

 

 

少し自分がオープンになりましたかね?
少し自分がオープンになりましたかね?


<作品3>
◆作品の印象

<作品2>からは、半年ほど経過しており、悩んでいた仕事を辞めたあとのものになります。現実的に固まってはいないものの、今後の自分なりのビジョンが見えてきた時期にあたっています。前の2つと比べると、だいぶ開放感が感じられます。

 

2つに分かれていた島は、一つにまとまりました。このことは、自分の中で、分離されていたものが統合されてきたことを表しており、新しいステージの訪れを予感させました。ボートも一艘は停泊していますが、左上のヨットは動き出しているようにみえます。小さな池が2つありますが、今回の池は、砂漠のオアシスといった風情で、息苦しさはなく、むしろ、水を飲みに一息つける場所のように見えます。真ん中に置かれた教会のような建物には、何か拠点のようなものの存在ができたことが感じられます。

 

どうでしょう。作品の変化と心理状態の変化のリンクを感じていただけたでしょうか?

  

**治療と解釈**

解釈については、クライアント(箱庭制作者)から話を聴く、ということが中心になってきますが、空間構成や、置かれたミニチュア玩具が象徴するもの、などから一般的な見方をベースに、話を進めていくことができます。

 

ここでは、空間構成について説明します。制作者の側から見て、四角い箱を田の字に区分けし、上下左右の空間に、センター部分を加えて、次のような解釈が与えられています。

 

右上…行動、社会性、目標

右下…家庭、スキンシップ

左上…思考、理想、願望

左下…過去、本能、固着

センター…現在、全体性

及び、

右側は外的な意識

左側は内的な意識

上部は精神性

下部は身体性

 

<紹介サンプル作品の解釈例
このことをふまえて、私の作品を改めて見てみると、例えば、私は無意識に自分の心地よいと感じるところにそれぞれを配置したのですが、上記の<作品1>で、上部の精神性を表す部分に鳥居が置かれていたり、<作品2>では、右下の家庭を表す部分に公園の遊具が置かれているなど、それらしいものが置かれることがよくあります。逆にその部分に、違和感を感じるようなアイテムが配置された場合は、そこにフォーカスし、置かれたアイテムについて、クライアントに話を聴いていくと、深いレベルでの話が聴けることになるでしょう。たとえば、<作品1>の右下の家庭を表す位置に、針葉樹が置かれているのをみると、なんとなく、家庭に対して温かみが希薄であるようなイメージもわいてくるかもしれませんね。


<総合判断>

作品を解釈するということも、テスト的な要素として必要ではありますが、基本的には、解釈というものを、あくまでサポート的なものと考え、作品自体を味わう、鑑賞する、ということに重心をおいていく方が治癒につながりやすい、と河合隼雄氏は述べています。

 

作られた作品は、制作者の分身ともいえます。その作品をしっかり味わうことが、制作者本人を、言葉を超えた部分で理解していくことになるでしょう。

 

また、作品を制作する上で、クライアント(制作者)がセラピストに対して心を開いている関係が築かれていないと、自由な自己表現が妨げられ、本当の自分を理解することは難しくなります。セラピストがいかに、「自由 にして保護された空間(カルフの言葉)」をクライアント(制作者)に対して提供できるかも、治癒に向けては欠かせない大事な要素となります。 

 

 

**自己イメージの安定へ**

作品を作り続けていくと、徐々に作品作りにも余裕が出てきます。このことは、作品作りだけでなく、普段の暮らしの中でも、同じことがおきているといえるでしょう。自意識はなくとも、自分はこういう人間だったと、以前よりも深いところで理解できるようになっていますので、自然と普段の言動にも自信がついてくるはずです。箱庭の世界を体験することで、自分に対してのイメージは、いい悪いということを超えて、自分自身への安心感を得られるようになっていくのではないかと考えられます。そして、そこからまた、新たな自分が生まれていくことにもつながっていくのだろうと思います。 

そして、その後のしみず深雪…

2014年2月、久しぶりに箱庭を作りに行きました。今までの作品からどのように変化したものが出来上がるのか、自分でもワクワクしながら作りました。

 

できあがった作品はこちらです。基本的にはものすごく奇抜な変化があったようには思えませんが、以前よりも自由になった感じ、あるいは身軽になった感じに映りました。実際そんな自覚はありませんでしたが、作品を味わいながら「あぁそういえばそうかもしれないなぁ」という気にはなりました。

 

…と、例えばこんな風に、出来上がった作品についてコメントしてみたりすれば、もうそれは自分を客観的に観察できていることになります。実際、外から見ているわけなので。

 

自分の内的変化というものは、大きく人生環境が変わったというようなケースを除いて、実際には自分で認識することはなかなか困難です。それをを視覚的に捉えることができるのが、箱庭療法を含めたアートセラピーの魅力といえるでしょう。

それは、論理的に明確なものではなく、茫漠とした表現ではありますが、逆にその方が、放出しているエネルギーの強弱とか、穏やかな状態なのか厳しい状態なのかなどを、トータル的に視覚イメージとして見ることができると思います。

 

出来上がった作品と向き合いながら、いろいろ心に浮かぶ想いを味わってみるのは、なかなかいいものだと思います。